台風の中を出発

 ダッフル、タル、ザックそれぞれひとつづつ。ウチには体重計がないので、重量はわからない。やっと詰め込んだ荷物は、新宿のリムジンバス乗り場まで、タクシーでなくては運ぶのは不可能だ。予報どおり、南からの台風で外は大雨。大きな荷物を運び、がたがたと出発しようとしていると、となりに住むおじさんがドアを開けてでてきた。唐突に「今日から8月17日まで、中国の山へ行ってきます」とご挨拶をする。唐突なのは毎度のことなので、状況はわかっていると思うけど、呆れ顔だ。「今日は、ぜ〜ったいに飛行機とばないぞ」という。「一応飛行場までいってみます」といっても、「絶対飛ばないから」と念を押される。

 私は、飛ばなければ飛ばないで、飛行場で遊んでいればいいんだ、と思う。
 もう、予定通りに進むことばかりではない、それがあたりまえの世界に、やっと戻っていける。

 とはいっても、懸案事項が1つ。装備は全てそろったはず、だったのだが、2つあるはずのマットがひとつ見つからない。予定通りに進まないことと準備不足を混同してはいけない…。とっても恥ずかしいけれど、朝一番で、再びカリスマ店員T君を拝みに新宿の石井スポーツへ行くしかないだろう。
 10時半の開店と同時に4階に駆け込む。さすがのT君も「今日出発では…?!」と、どう慰めていいものか困惑の表情を浮かべているのがわかる。「マット下さい」と、速攻で支払いを済ませて走り去ろうとする私に、やさしいT君は「これを持っていって」と、自身の記事が掲載された、かの有名な某機関誌「きりぎりす」をプレゼントしてくれた…深謝。

 10時40分のバスにどうにか乗ることができた。しかし、こんな大雨だというのに、成田行きのリムジンバスは満席。東洋系の女性が目立つ。帰省だろうか、それとも、旅行の帰りだろうか。

昼頃成田空港着。予想外に成田空港に続くアスファルトは乾いている。東京で強く降っていた雨は、ここまで届かなかったようだ。これなら、飛行機は飛ぶだろう。格安チケットを購入したため、受け渡しカウンターでチケットを受け取る。いよいよの懸案のチェックイン。以前ならば、まわりを見渡し、荷物の少なそうな若者に声をかけて、一緒にチェックインをしてもらい重量を分けてもらっていたところなのだが…。今回は、どうも、その気力がでない。恥ずかしいし、なんとなくタイミングがとれないのだ。そんな思いをするのなら、エクセスのお金を払った方がいいや、と思ってしまった。年をとってしまったのかもしれないなあ、と自分の変化を感じる。支払う覚悟をして、パッキングの際に重いものをぎゅうぎゅう詰にしてきた持ち込みの手荷物を遠くにデポしてカウンターへ。しかし…チェックインカウンターの女性は、私の荷物を見て厳しく「持ち込みの手荷物も一緒に重量を測りますので持ってきて下さい」と詰問してくるではないか。持ち込みは別ではないか、とごねるが通じず。結果、全て含めた重量は35kgだった。20kgが持ち込み範囲内の重量だから、15kgオーバーである。5kgはサービスしてくれるというが、それでも21,600円を請求されたので、手荷物分も入っていることであるし、意を決してごねることにした。最終的に、カウンターの女性はマネージャーと相談してくれ、結果8kg分を支払うということで妥結。17,300円だった。 

 搭乗までの時間を、友人へ連絡やお礼の電話などして過す。窓の外は、小ぶりの雨だ。台風はどこに行ってしまったのだろう。定時に飛行機へ乗り込む。エコノミークラスのチケットを購入したのだが、乗ってみたら、ラグジュリーエコノミークラスの席。ビジネスクラスと同じ型のシートで余裕の広さである。これならば、エクセス分を取り戻したな、と自分で納得することにした。14時に飛行機が飛び立つと、すぐに眠ってしまった。

 17:50定刻どおりトランジットの広州着。飛行機からビルまでのつなぎ廊下を歩くと、外の空気が感じられる。砂っぽく、それでいて湿度のある空気。空港ビル内の中国語広告と独特の配色のデザインを見て、心が落ち着いていく自分を感じる。好きなところに戻ってきたという感じがするのだ。広州での国際線から国内線の乗り継ぎは本来簡単なのだが、大きな荷物があるために、到着ロビーから遠くチェックインカウンターのさらに大きな荷物を扱う窓口まで移動せねばならなかった。中国語が通じない私を不憫に思ってか、一人の若い男性スタッフが一緒に付き添ってくれる。大きな荷物をのせたカートを手際よく押しながら、エレベーターに乗り、隣のビルまで連れて行ってくれる。乗り継ぎ時間にそれほど余裕がないことを身振り手振りで伝えると、2元のビル内電気自動車に乗ろうと機転を利かせてくれる。彼の助けがなかったら、かなり大変な状況になっていただろう。無表情だが、職務に忠実で、機転の利く中国南方航空のスタッフには大感謝だった。汗だくになって助けてくれた彼に、別れ際、身振り手振りで「これで飲み物でも買ってください」とお金を渡すと、笑って断られた(このとき初めて笑ってくれた)。この身のこなしがまたステキだった。彼は何を基準に仕事をし生きているのだろうか。誠実な仕事ぶりを、私も見習いたいものだ。私のエクセスは約500元。悲しすぎる出費だが、自業自得である。仕方がない。

 ウルムチ行飛行機に搭乗するまでの待ち時間を、アールデコっぽい洒落たデザインのコーヒー屋でくつろぐ。コーヒー一杯が48元。高いのか安いのか、まだ感覚がつかめない。20:20分、ウルムチへの飛行機は無事に飛び立った。夜中の1時に到着する夜行便だが、満席だ。機内食(鳥の炒め物、ご飯、パン、デザート)を食べた後、早速寝る体制に入るが、狭すぎて体が痛くなり何度も向きを変えねばならない。しかし、こんな状況でも寝た気分になれるのだから、夜行列車で山に行った経験が生きていると思う。

 ウルムチには、定刻より早めに到着した。外気24度、広州にくらべて格段に湿気が少なく乾燥している。5年前は、本当に小さな空港だったが、新しく綺麗に建てなしがされていて驚いてしまった。出発ロビーまで行き、ビバークしようと、中国人の女性に身振り手振りで出発ロビーを教えてくれと話したつもりだったが、彼女達は私のチケットをみて「ミンティエン(明日の便だね)」と言い、連れて行ってくれたのは、エアポートホテル行きのバス乗り場だった。わざわざ、ここまで連れてきてくれたので、好意を無にはできず、バスへ乗り込む。エアポートホテルはバスで1分(歩いてもおそらく5分)の好立地にある、古いホテルだが、260元だったので泊まることにした。天上が高い、古いつくりのホテルだが、そのデザインはステキである。シャワーで汗を流し、さっぱりとした気分で、綺麗なシーツに包まれて眠るのは、やっぱり幸せである。時計のアラームをセットし、彼女達の親切にも感謝して眠りについた。幸せな、出発1日目の夜である。