テントメート

 高所登山をする際、通常、私はベースキャンプに一人用テントを持参してゆっくり過すようにしているのだが(ベースキャンプの一人用テントで、大好きな音楽を聴きながらゆっくり本を読む…これぞヒマラヤアソビの醍醐味とも言える楽しさの一つであります…私はこれだけのためにでも、ヒマラヤに行きたいくらい)、今回はいきがかり上、スペインチームの3人目、フランス人(だがスペインで仕事をしている)美青年のジェロームと初日からずっと同じテントで一緒に暮らすことになった。
 正直、ジェロームは31歳でかなりのイケメン。背も高いし、上品で、おしゃれと3拍子揃っている…。どうしましょう、と思うほどとてもステキな男の子である。初日のテントでは「荷物は真ん中に置こう」といって、ジェローム自ら壁を作ってしまったくらいだから、はじめは彼もかなり戸惑っていたのだろうと思うのだけれど…。しかし、結論から先に言ってしまうと、結果的に彼は最高のテントメートだった。なんといったらいいか、空気のような、というか、同性のような、というか、とにかく、不思議なくらいに居心地のいいテントメートだったのだ。

 私がベースキャンプでの一人用テントが好きなのは、人といるとどうしても緊張してしまう自分の性格もあると思うのだけど、気兼ねなく、じっくり準備したり考え事をしたりできるから。緊張せざるおえない高所での山登りの合間にベースキャンプで取るレストの時間には、できるだけ良い時間を過すべきなのは当然のことだ。けれど、ゆっくり過す…といっても、まわりのことで気が散っていると、自分のコンディションや考えを感じにくくなる気がする。周囲にまどわされずに自分に集中できる時間と空間がどうしても必要なのだ。その時間は、最初にも書いたけれどヒマラヤ登山の大きな楽しみ(快感)の一つであり、かつ、より安全に向かう方法でもあると思っているのだ。だから今回、最初は、人と一緒のテントで大丈夫かなと心配だったが、結果的には私自身びっくりするくらい息が合うというか、お互い全く気兼ねない仲になった。

 それは、もしかすると、彼がフランス人(スペインに住むけど)だからかなと思ったりする。私は、自分のことを自分でやって完結したいと強く嗜好するタイプだと思うけれど(いい意味では自立していたいと思っているといえるし、悪い意味では自分勝手といえる)、彼の中に私と似た嗜好性を感じた。お互い、多少は気を使うけれど、基本的には自分でやりたいことをやりたいし、相手がやっていることは気にならないから自由にさせてあげられる。これがもしもスペイン人だったら状況は違っていただろう。彼らはもっと、まわりの空気を読んでそれに柔軟に自分を合わせていく術に長けているからね…。そう、実は、わたしたちのテントの中は「空気読めよ!」と突っ込みたくなる状況だったかもしれない。

 カシュガルに下りてから、他の隊員に「男と一緒のテントだと汚いし臭いし(それはお互い様だよね)大変だったろ?」と何度か聞かれたけど、私はちょっと失礼な表現かなとも思いつつ「いや、こう言っちゃ悪いけど、ジェロームは最高のテントメートだったよ。まるで女の子と一緒にいるみたいに、なんにも気兼ねなかった」と答えた。そうしたら、傍らで聞いていたジェロームも「…いや、実は僕もそう思ってた。まるで、同性と一緒のテントみたいだなあって!」嬉しそうに口を挟んできたから、お互い、やっぱり同じように思っていたんだ、ということを確認することができた。

 このやりとりにすかさずアルハンドロは「ううん、そうか、そうかもしれないよ、彼はフランス人だからね、うんうん」とイエルマとめくばせしている…。後で聞いた話では、今フランスでは(それもパリなどおしゃれな都会で)『ゲイはかっこいい』ということになっていて、むちゃくちゃゲイが多いらしい。女の子と一緒のテントで気兼ねないなんて、やっぱり、フランス人だからゲイかもしれない、怪しいね…、とそういうことだったらしいのだ。真実のほどはわからないが、そういう見方もあったのか、とみんなで爆笑でした。