隊長の目

 今回の隊長であるアンドレーは、透き通って突き抜けてしまいそうなブルーグレーの目が印象的なロシア人だ。いわゆる、米国などで見る青い目とは違う色をしている。どこかでみたことのある目だなあ…と思い出したのは、ハスキー犬の目だった。同じ極北の犬でも決して愛嬌のあるエスキモー犬ではなく、ハスキー犬それもマラミュートと混合のハスキー犬の目だ。切れ味がいいというか、人間に媚びずにじっと観察しているような、ちょっと冷たい感じのする目の色である。
 今回の参加はたまたまネットサーフィンしているときに見つけたアンドレーのホームページがきっかけだった。問い合わせから申し込みまで、すべてホームページを介してイーメールで行った。だから、隊長の人柄や隊の運営については、実際に現場へ行ってみないと分からない部分も大いにあった。参加の決め手になったのは、ひとつにはホームページで公開していた情報が詳しく丁寧だったこと、そして、アンドレーのレスポンスの速さと金銭的な内訳の透明さ(人数が予定より増えたことによって一人あたりの負担額を低くするなど)、誠実さ、だった。
 イーメールをやりとりしているかぎりでは、とても人当たりの良い営業マン的な(サービスに徹しているといったような)人かと想像していたのだが、実際に現場で会って見ると、抱いていた印象と少し違っていた。エージェントを背負うマネージャーとしての対応はするが、決して人当たりが良いというわけではなかった。常に、ブルーグレーの目は冷たく静かで、人を観察し、状況を把握し、判断する、といった彼らしいリズムが貫かれていた。自分の目で見たものについて考え、じっくりと判断する。しかし、一度判断したとなると、かなり頑固に信念を曲げないようなところがある。ときに、かなり偏った見方とも思える発言もあったが、山に関して言えば、彼の考えは私の考えに近く、安心していることができた。
 ベースキャンプに入った初日、南アフリカのマーティンと、オーストリアのフランツが、ロシア人ガイドで今は亡きブクレーエフとその著書についてアンドレ−に質問をしていたのを、たまたまとおりかかって聞いた。アンドレーは「かれは、まず、お金儲けをしたかったし、自分の名前を挙げたいという野心があった」と話していた。「それにしても、ヒマラヤの高所で『ガイド』をするなどということは、僕には考えられないことだよ。高所に行けば、誰もが自分の体の責任を持つことで精一杯になってしまうことがあるのに、他人を責任を持ってガイドすることは不可能なはずではないか。だから、それを職業としてやること自体に無理がある。」という。
 私は以前から、高所登山に対して同じように思っていた。高所の登山では、中でも高所順応を考えた場合、体質が大きく影響すると思っている。だから、ひとりひとりが自立して自分を管理できなくてはならないし、他人が管理することなどできない、というのが自分の考えで、その考えは年々強くなっている。だから、登山の現場でいわゆる上意下達的なシステムにおける隊長は不要だとさえ思っているのだ。もちろん、隊長にもいろいろなタイプやスタイルがあるので、そうではない場合も多くあると思うのだが。
 今回の隊では、彼はオーガナイザーである。それを、募集要項には明記している。彼の役割は、登山をオーガナイズすることと、登攀に関しては知っている限りの情報を提供することである。しかし、判断するのは各隊員に任されている。
 彼は、自分ができることとできないことを認識し、それを明確に提示している。そのルールは、私にとっては合理的で、共感するところが大いにあるものだった。それでも、彼のブルーグレーの目は常に冷たく静かに状況をじっくり観察しているようで、みな、一目置かざるをえなかったような気がするのだ。